佐紀古墳群 – 平城宮跡北に広がる巨大古墳群の遊歩道を歩く

佐紀古墳群の古墳の間の道と根の写真 歩く

佐紀古墳群は平城宮跡の北側に広がっており、4世紀後半から5世紀前半にかけてつくられた200mを超える大型古墳の集まりです。古墳群の間を縫うように遊歩道が整備されており、当時の大和王権の力の大きさを感じながら、のどかに散策することができます。

佐紀古墳群は、平城宮跡の北側にあります。
大和王権は、最初、奈良市の南方十数キロにある桜井市北部から始まり、周辺には3世紀からの大型古墳が点在しています。
次に、この奈良市北部に4世紀後半から5世紀前半にかけて、200mを超える大型の古墳がつくられるようになりました。
なお、その後、大型古墳は大阪府の堺市や古市・百舌鳥(もず)に移っています。

平城宮跡の北に設置されいる案内板です。
右端の「不退寺」→「ウワナベ古墳」→「コナベ古墳」→「磐之媛命陵古墳(いわのひめりょう)」→「水上池」→「平城京大極殿」→「日葉酢媛陵古墳(ひばすひめりょう)」→「成務天皇陵」→「山陵(みささぎ)八幡神社」→「神功皇后陵」と続きます。
近鉄平城駅を始点や終点にすると、便利です。

案内板より
上空から見ると、前方後円墳であることがわかります。
前方後円墳は大和王権のシンボルです。

不退寺(業平寺 なりひらでら)です。
佐紀古墳群を東から西に向かって歩く場合は、この不退寺が目印です。
ここから、国道24号線を渡ると、ウワナベ・コナベの古墳が現れます。
在原業平(ありわらのなりひら)は、平安時代の歌人で、伊勢物語の主人公のモデルです。父は、都を京都に移した平成天皇(へいぜい天皇)です。平成天皇は上皇として、再び都を奈良に移したいと思いましたが、その願いはかなわず、自身は京都から離れて、この地に住まわれました。
上皇がご崩御の後、息子の業平(なりひら)は、この地を寺としました。

ウワナベ古墳
全長270m~280mの前方後円墳です。
これは、全国で12番目の大きさになります。
古墳時代中期(5世紀)の古墳です。

コナベ古墳
全長204mの前方後円墳です。
5世紀前半につくられたと考えられています。

磐之媛命陵(いわのひめりょう)
全長219mの前方後円墳で仁徳天皇の皇后の古墳です。

水上池(みずかみいけ)
奈良市最大のため池です。
多くの野鳥を見ることができます。

平城宮跡の大極殿の北側を通っていきます。
復元大極殿は、無料で内部が見学できますので、休憩を兼ねて、立ち寄るのもよいです。

山上八幡神社

日葉酢媛命陵(ひばすひめりょう)
垂仁天皇皇后陵で、全長207mの前方後円墳です。4世紀後半から5世紀前半につくられました。

成務天皇陵
全長218.5mの前方後円墳です。古墳時代前期につくられました。

右が成務天皇陵、左が日葉酢媛命陵です。

山陵八幡神社(みささぎはちまん神社)
神社の背後に神功皇后陵があります。
近鉄平城駅は、すぐ近くです。

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