
宮滝(みやたき)


宮滝は、吉野山の入口から、吉野川上流・数キロのところにあります。
広い吉野川の川幅が急激にせばまり、巨岩や奇岩が両側に迫り、古来から景勝地として知られています。
天武天皇や持統天皇は、この地に吉野離宮を造り、明日香から峠を越えて、たびたび訪れました。


吉野山から流れてくる象の小川(きさのおがわ)が吉野川に注ぐところを「夢のわだ」と呼んでいます。
万葉人が、夢のわだを題材に、数多くの歌を残しています。

「夢のわだ」のすぐ上流は、吉野川が一番狭くなったところです。
左右には切り立った岩が直立しています。
昔は、ここに丸太で橋を造り、人々が吉野川を渡っていたそうです。吉野川は川幅が広いため、他の場所は渡し船を使っていました。
ここには「百文岩」「二百文岩」と呼ばれる岩があります。
旅人がこの地に来ると、村人が岩から飛び降りて、その曲芸の褒美として「百文」「二百文」をもらっていたそうです。

昔はさらに川幅が狭かったそうで、筏師にとって最大の難所だったそうです。
そのため、岩場を削って、現在のように少し川幅が広くなりました。
うたたね橋

象の小川(きさのおがわ)の吉野川に注ぎこむ「夢のわだ」のすぐ上に「義経 うたたね橋跡」があります。
義経が、兄・頼朝の兵に追われ、吉野山から逃げる途中に疲れてうたたねをしたと言われる橋の跡です。
橋の上に屋根があるつくりだったそうです。

桜木神社


さらに、象の小川(きさのおがわ)の上流に行ったところに桜木神社があります。神社には橋が架かっていて、「義経のうたたね橋」もこのようなつくりだったのかなと想像します。


大きな杉のご神木です。


桜木神社の前を流れる「象の小川(きさのおがわ)」です。

「虎に 翼を着けて 放てり」
の碑が、桜木神社前にありました。
病に伏した天智天皇が弟の大海人皇子(後の天武天皇)を枕元に呼び、皇位を継ぐように勧めました。このとき、天智天皇は息子に皇位を継がしたかったため、もしも大海人皇子が皇位を継ぐと言った場合は殺害するつもりでした。
大海人皇子は、その申し出を固辞して、出家して吉野に向かいました。
この時、天智天皇の側近の一人が「虎に 翼を着けて 放てり」と言ったそうです。
その後、古代最大の乱「壬申の乱」が始まり、戦いに勝った大海人皇子が天武天皇となりました。
宮滝から吉野山へのハイキングコース

象の小川(きさ)に沿って歩いていくと、吉野の山が見えてきます。

車道から山道に入ると、やがて高滝が見えてきました。
この日は前日にかなりの雨が降ったため、滝の勢いが非常に激しかったです。ただ、普段は穏やかな滝だと思います。



さらに、象の小川(きさ)に沿って登っていきます。

この飛び石を渡ります。

吉野山の上千本・中千本・如意輪寺などの分岐点です。

中千本を見下ろすところに出ました。
吉野水分神社の近くです。
中央に見える寺は「蔵王堂」です。

木々の間から、野生の鹿たちが出迎えてくれました。



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