橿原神宮 – 神武天皇が畝傍山ふもとで初代天皇として建国を宣言した地

橿原神宮の建国祭の舞の写真 神社
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橿原神宮

第一代天皇である神武天皇が、畝傍山の南東の地で即位されたという「日本書紀」の記述に基づいて、明治23年に創建されました。

深田池と畝傍山
橿原神宮は写真の右の方にあります。

第一鳥居
初詣の朝早い時間帯の風景です。

南神門(みなみしんもん)
紀元2684年は、令和6年です。

中央に本殿と内拝殿、外拝殿、その上に畝傍山、第一鳥居は左下にあります。畝傍山登山口(頂上まで30分ほど)は中央右です。
近鉄橿原神宮駅から、橿原神宮までは徒歩10分ほどです。

拝殿横の絵馬
令和7年のものです。

拝殿横の絵馬
令和6年のものです。

外拝殿入口から、内拝殿をのぞむ

内拝殿と畝傍山
内拝殿の屋根の上に本殿の一部が見えます。

拝殿横にある「さざれ石」

さざれ石
もともと小さな石、細かい石という意味であり、この石の集まった隙間に炭酸カルシウムや水酸化鉄が入り込み、固まってこのような一つの岩になりました。

国家(君が代)
君が代は千代に八千代にさざれ石の
いわおとなりてこけのむすまで

日本国が、さざれ石が結束して岩となって、その岩に苔が生えるまで末永く栄え、平和でありますように。

新春 奉納銘酒

水舎

橿原神宮建国祭(2月11日)

勅使が来られました。

神武天皇陵

畝傍山(うねび山)

畝傍山登山口
畝傍山は199.2mの山で、耳成山(みみなしやま)、香久山(かぐやま)とともに、大和三山と呼ばれています。
万葉集には、いくつもの歌が残っています。

畝傍山のふもとです。

中腹から、西北西をのぞんだ写真です。
中央に、二上山(にじょうざん)が見えます。
万葉の時代には「ふたかみやま」ともよばれていました。

山の傾斜は、なかなか急です。

頂上に着きました。

西には、葛城山が、その左(南)には金剛山が見えます。

頂上から見た耳成山(みみなし山)

少し見にくいですが、頂上から見た香久山(かぐやま)です。
奥の高い山ではなく、手前の低い山です。

中大兄皇子(なかのおおえのおうじ:後の天智天皇)の歌
 香久山は 畝傍(うねび)ををしと 耳成(みみなし)と
 相争ひき 神代(かみよ)より かくにあるらし 古昔(いにしえ)も
 然(しか)にあれこそ うつせみも 嬬(つま)を争ふらしき

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