

帯解寺(おびとけでら)本堂
帯解寺は、奈良市街の南にたたずむ、安産・子授けのご利益で知られるお寺です。平安時代から現代にいたるまで、数えきれないほど多くの人々が、ここで新しい命の誕生を願って手を合わせてきました。
とくに「戌(いぬ)の日」には、赤ちゃんを授かったばかりの妊婦さんやご家族が多く訪れ、境内は穏やかであたたかな雰囲気に包まれます。帯解寺では、腹帯(岩田帯)を授かって安産祈願を行う習わしがあり、これは古くから続く日本の伝統です。
実はこのお寺、天皇家とも深いご縁があります。かつて皇室にご懐妊があるたびに、帯解寺から岩田帯が献上されてきました。近年では、美智子上皇后や雅子皇后、秋篠宮妃・紀子さまにも帯が奉納されています。


天皇や将軍も信仰した帯解寺
帯解寺の歴史は、今からおよそ1200年前、平安時代にまでさかのぼります。子どもに恵まれなかった文徳天皇の皇后が、この地で子宝と安産を一心に祈願され、やがて無事に男の子を出産。その子こそ、のちの清和天皇です。
このおめでたい出来事をきっかけに、「無事にお腹の帯が解けて、赤ちゃんが生まれた寺」として、「帯解寺(おびとけでら)」という名が文徳天皇より授けられました。
以来、帯解寺の本尊である「帯解子安地蔵(おびとけこやすじぞう)」は、安産・子授けの守り仏として人々の信仰を集めています。
江戸時代には、徳川将軍家の女性たちもこのお寺に祈願に訪れ、3代将軍・家光や4代将軍・家綱の誕生を見守ったとも伝えられています。
歴代の天皇や将軍にも信仰されてきた帯解寺。いまも変わらず、新しい命を願う人々の心のよりどころとなっています。

かつてはにぎわいの街道だった、帯解寺の前の道
帯解寺の前を通る道は、今では車一台がやっと通れるほどの細い道ですが、実は昔は奈良を代表する幹線道路のひとつでした。
JR線が開通するおよそ130年前までは、「かみつ道(かみつみち)」と呼ばれ、大阪や奈良方面から伊勢神宮や長谷寺を目指す参詣の人々で大変にぎわっていたのです。
たとえば、大阪を朝に出発した旅人たちは、生駒山を越えて奈良に入り、猿沢池の近くに広がる「ならまち」で一泊。翌朝、大神神社の横を通り抜け、のどかな風景のなかを歩いて長谷寺へと向かいました。
この「かみつ道」沿いには、今もところどころに昔ながらの町家や古い石碑が残っており、かつてのにぎわいを静かに伝えています。
旅の時間がのんびりと流れていた時代の風景を思い浮かべながら、帯解寺周辺を歩いてみるのもおすすめです。




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