興福寺|五重塔・国宝館の阿修羅像・南円堂・猿沢池などの見どころを写真とともに紹介

興福寺五重塔と猿沢池と階段の写真

興福寺は法相宗の大本山で、五重塔や阿修羅像など多くの見どころがあります。
669年、藤原鎌足が重い病にかかった際、妻が夫の回復を祈って山階寺(やましなでら。現在の京都市山科区にあった)を建立したのが始まりです。 その後、山階寺は飛鳥へ移され、さらに平城京遷都に伴い奈良に移されて名称も「興福寺」と改められました。
奈良時代や平安時代には藤原氏の権力が強かったため、藤原氏の氏寺として整備が進められ、手厚く保護されました。 その後、鎌倉幕府や室町幕府は大和国に守護を置かなかったため、興福寺が大和国の守護の役割を担いました。
江戸時代になると、「春日社」と興福寺を合わせて2万1千石の石高が認められました。

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五重塔・東金堂・中金堂

興福寺五重塔(国宝)
730年に聖武天皇の妻の光明皇后(藤原不比等の娘)が建立しました。
その後、5回の焼失や再建を経て、現在の五重塔は1426年ごろに再建されました。
高さは45m

五重塔は屋根などの劣化が進んでおり、明治時代以来120年ぶりの大規模改修が行われています。完成は令和13年の予定です。

東金堂(国宝)
726年に聖武天皇が建立。
その後、5度の被災や再建を繰り返し、1415年に現在の東金堂が建てられました。
再建ですが、奈良時代の雰囲気を色よく残しています。
堂内には本尊薬師如来坐像を中心に、日光菩薩・月光菩薩などを安置しています。

興福寺中金堂
中金堂は興福寺の中心になるもっとも重要な建物です。
現在の中金堂は2018年(平成30年)に復元されました。

興福寺五重塔の遠景
左に見えるのは猿沢池、
その上に見える尖った屋根は南円堂です。写真の中央にある階段の名前は「五十二段」。
52段あるので、昔から、そのように呼ばれています。

夜明けの五重塔
東の春日山や若草山から太陽が昇ってきます。

残念ながら、現在、五重塔では120年ぶりとなる大がかりな保存修理工事が行われています。 工事は進行中で、完了は2031年の春を予定しています。

南円堂

南円堂(重要文化財)
西国三十三所の第9番札所として、多くの人が訪れます。
813年に建立後、現在の建物は4度目のもので、1789年に再建されました。

御朱印をいただく人たちの行列

ご朱印は、外国からの観光客にも人気があります。

南円堂の正面

南円堂の冬、朝6時の鐘

朝6時、正午、夕方6時の1日に3回、鐘が撞かれます。

南円堂の南のお地蔵さん

猿沢池から南円堂への階段
桜の季節です。
木造不空羂索観音菩薩(木造 ふくう けんさく観音菩薩)は、南円堂の本尊像です。木造の鎌倉時代の寄木造りの菩薩さまで、国宝です。
手に持つ羂索(けんさく:網を指す)で、人々の願いを空しいものにしないという願いをもった観音さまです。
大きな慈悲の象徴です。

三重塔

三重塔(国宝)

1143年に建立
1180年に焼失し、じきに再建されました。
北円堂とともに、興福寺で最古の建築物です。
公園内を歩いていると、身近に国宝を見ることができるのが、奈良の良さの一つです。

北円堂

北円堂(国宝)

北円堂は通常非公開ですが、春季・秋季に特別公開されることがあります。
・弥勒如来坐像(みろくにょらいざぞう)【国宝】 運慶作
・無著・世親菩薩立像(むじゃく・せしんぼさつりゅうぞう)【国宝】 運慶作

八角円堂で、日本に現存する八角堂の中でも最も美しいと言われています。

興福寺国宝館と本坊

興福寺国宝館は、東金堂のすぐ横にあります。
ここには、興福寺が所有する国宝の仏像が数多く展示されています。
その代表が「阿修羅像(あしゅらぞう)」です。
仏像に興味のある方は、ぜひ行かれたらよいと思います。


国宝館前の立て看板
中央上の写真が「阿修羅像」です。

桜の季節の興福寺本坊

興福寺は、法相宗の大本山です。

5月中旬の新緑の興福寺本坊です。

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