
洞川(どろがわ)の街並み


洞川温泉
現在も女人禁制で、修験道の聖地である大峰山「山上ヶ岳」への入り口です。
標高800m余りの山里で、旅館や陀羅尼助(古くからの胃腸薬)を製造販売する店、名水「ごろごろ水」を使った豆腐屋さんなどが並んでいます。

洞川温泉街です。
旅館が立ち並んでいます。


陀羅尼助(だらにすけ)と読みます。
1300年ほど前に、山岳修行開祖の役行者(えんのぎょうじゃ)が、その製法を教え伝えたと言われる胃腸薬です。
黄柏(おおばく)の木の皮をはいで、煮詰めて、さらにいくつかの薬の成分を加えて作られます。
山岳修行の山伏(やまぶし)たちは、この薬を携行して、厳しい修行をしました。その山伏たちによって、この薬は全国に広ました。
「良薬、口ににがし」ということわざがありますが、まさしく、この陀羅尼助のことです。

温泉街には「陀羅尼助」を販売するお店がたくさん並んでいます。

洞川には「ごろごろ水」という名水があります。
この辺りの地形は石灰岩でできていて、雨が土にしみ込み、石灰岩の地層をくぐりながら、きれいでミネラル成分を含んだ水になり、それが岩の間から湧き出ています。
「ごろごろ」という音を立てながら湧き出てくるということで、「ごろごろ水」と呼ばれるようになりました。
この水を使った「名水どうふ」がおいしいと評判です。

ごろごろ水の湧き出し口です。
洞川温泉街から少し上流の「五代松鍾乳洞」の入口の近くにあります。



大昔から、大峰山「山上が岳」をめざす修験の人々が宿泊し、早朝に宿を出発して登頂しました。


洞川温泉の旅館の立ち並ぶ通りの裏には、きれいな川が流れています。
大峰山から流れ出た水です。

初夏の写真です。

我が家の愛犬が、うれしそうに川原の石の上の走っています。

洞川温泉街の入口にある公衆温泉「Dorogawa Onsen」です。
日帰りの方は、ぜひ、入浴してからお帰り下さい。

洞川温泉「後鬼の湯(ごきのゆ)」となっています。
後鬼の由来を紹介します。
修験道の開祖の役行者(えんのぎょうじゃ)は、1300年前の人物です。
現在、ユネスコの世界文化遺産に登録されている大峰奥駆道(大峰おくがけみち:吉野山から熊野本宮大社までのルートで、吉野の険しい山々の峰を通過する厳しいコース)を開きました。この役行者の修行のときに、その前を歩いたのが前鬼、後ろについて歩いたのが後鬼です。二人の鬼は夫婦です。
元は、大阪と奈良の間にある生駒山に住んでおり、人々に災いをなしていました。しかし、役行者に諭されて、悔い改め、修行のお供をすることになりました。
いよいよ役行者の修行が終わる時に、役行者は夫婦に「この先は修験者のお世話をするように」と命じられ、その子孫も代々、修験者世話をしていきました。洞川温泉は大峰山「山上が岳」の修行の入口です。現在も、修験者の世話をしている村の人は、自分たちのことを「鬼の子孫」と考えているようです。
なお、前鬼の村は、大峰奥崖道をさらに熊野本宮に向けて進んだ吉野郡下北山にあります。ただし、現在は前鬼村には一軒が残っているだけです。

吉野山の中千本にある役行者像です。役行者の左右に前鬼と後鬼が控えています。
また、提灯は「吉野山 世界遺産」と書かれており、役行者と夫婦の鬼が描かれています。吉野山の旅館などの入口に飾られています。


洞川を流れる川

大峰山から流れてきた川です。

洞川の温泉街から1km余り上流の洞川・エコミュージアムセンターです。


洞川・エコミュージアムセンターから上流に向かって、川の横にある遊歩道を歩きました。
川原の石は白色の石灰岩です。

「とうろう窟」が見えてきました。
修験道の開祖とされる役行者(えんのぎょうじゃ)が、三条が岳の頂上に大峰山寺を建立した1300年前に、修験道の「第一の行場」として開かれたと伝えられているそうです。
「とうろう」とは、カマキリのことで、修験の行者が洞窟に入っていく様子が「カマキリの歩く姿に似ている」ということから、この名前がついたようです。

ここから下流を見ると、美しい山の間を静かに川の水が流れていることがわかります。

とうろう窟です。
石灰岩でできた鍾乳洞です。
修験の行者が、この穴の中にろうそくを持って入り、修行をした場所です。

こちらで料金を払って、入らせていただきます。
朝の早い時間だったため、まだ扉は開いていませんでした。

朝の光を受けて、紙垂(しで)が見事に輝いていました。


エコミュージアムの方から吊り橋を渡って、この「とうろうの岩屋」にやってきました。
ここから、さらに上流の「カジカの滝」に向かいます。

川原には多数の白い石灰岩が見えます。
さらに向こうには大きな石が見えます。
何百年に一度というような大雨の時には、川の水があふれんばかりに増水し、濁流で石が水の中に隠れます。
このようなときに、石は浮力をもらい、そして激しい水の流れに押されて、「石 川を歩く」という状態になります。
向こうに見える巨大な石も、そのような大雨の時に、上流から流されてここまでたどり着いたのだと思われます。

カジカの滝にやってきました。
カジカとは、清流に住むカエルの仲間です。
滝は、それほどの落差はありません。
整然と水が流れ落ちる、という感じです。



カジカの滝の上流も美しい川が続いていました。

とても狭いくぼみを、すべての川の水が流れていきます。

川岸の岩から、無数の水が流れ出しています。
山に降った雨水が、石灰岩の層をくぐってきて、ここで湧き出しているようです。



さらに川に沿って車道を登っていくと「女人結界門(にょにんけっかいもん)」があります。
ここが大峰山 山上ヶ岳の入口です。
山上ヶ岳の女人結界は1300年前から現在まで、続いています。
五代松鍾乳洞(ごよまつ鍾乳洞)

カジカの滝から自動車道に上ったところに、五代松(ごよまつ)鍾乳洞はあります。
道路横の受付から鍾乳洞までは、急な山道ですので、トロッコが運行されており、多くの人が利用しています。

鍾乳洞行のトロッコです。
洞窟内はヘルメット着用ですので、トロッコに乗る時にもヘルメットをかぶっています。
なお、下りも、登りと同じ姿勢で山側に向かって座り、背中から降りてきます。

鍾乳洞内です。
鍾乳石がたくさん見られます。
鍾乳石が伸びて、柱のようになったものを石柱と言いますが、最も大きい石柱「大黄金柱」は8mにも達します。

トロッコ乗場のすぐ近くに、ごろごろ水の湧き出し口があります。
案内板には、次のように書かれています。
古くは「仏水秘水(ぶっすいひすい)」と呼ばれ、大峰参りの行者たちが、この水でのどをうるおしたという。
この前を通ると、一瞬の涼しさを感じるとともに岩の間より「ごろごろ」という音が聞こえた。いつしか地元の人々は、この水を「ごろごろ水」と呼ぶようになり、今日まで大切に守ってきた。
今では、素晴らしい名水として、多くの人たちに利用されている。



仏水秘水(ぶっすいひすい)行者尊
ごろごろ水の湧き出し口の横に祀られています。

道路右側に五代松鍾乳洞のトロッコ乗場があります。
その奥に、ごろごろ水の湧き出し口があります。
道路左側は有料駐車場で、車を停める各スペースに、蛇口があり、ごろごろ水を汲めるようになっています。
面不動鍾乳洞(めんふどう鍾乳洞)

洞川には、鍾乳洞が二つあります。
面不動鍾乳洞は、洞川地区の入口にあり、川そばの駐車場から、山に向かって約10分歩きます。
又は、トロッコで登ります。

トロッコ列車です。


早朝のため、まだ開いていませんでした。
鍾乳石や石筍(地面からタケノコのように伸びた石)、石柱(鍾乳石と石筍がくっついた石)がたくさん見られます。

鍾乳洞近くから見た山々の様子です。
うっそうと木々で覆われています。

鍾乳洞近くから、洞川地区を見ています。
標高800mほどありますので、夏は涼しく、冬は雪が積もります。
大峰山龍泉寺


龍泉寺は面不動鍾乳洞の登り口のすぐ横にあります。
大峰山の修験者は、ここで身を清めて、道中安全を祈ってから、山上ヶ岳に向かいます。
境内には、きれいな水がコンコンと湧き出しています。

釣鐘と手水です。


本堂です。
本堂前で本堂を守るのは2体の鬼です。




なで石
なでると軽く持ち上がり、叩いて持ち上げると重くなるという不思議な石。


龍(たつ)の口の泉
境内の奥にある水の湧き出し口です。
きれいな水が静かに、岩の下から流れ出ています。

後ろの山の石灰岩の層を通り抜けた水です。
夏は冷たく、冬は温かく感じます。
大峰修験者の清めの水です。


滝に打たれて行をするところです。
「瀧行中は撮影禁止」の張り紙があります。

この滝も、突然に湧き出た水が滝となって流れています。

境内を流れるきれいな水をご覧ください。
みたらい渓谷


みたらい渓谷は、洞川(どろがわ)地区の下流にあります。
石灰岩の白色の巨石、奇石、滝、そして多様な木々が織り成す美しい自然景観が魅力です。
川沿いの遊歩道からは清流や滝を望むことができ、春の新緑、秋の紅葉と四季折々の美しさを楽しめます。
ハイキングに最適な場所です。

滝の爆風できれいな虹がかかっていました。

みたらい渓谷の下流側の入口です。
車をここに駐車して、上流をめざしてあるきました。
駐車場から下を流れる川(天ノ川)を眺めた景色です。


この橋を渡ったところが、みたらい渓谷の入口です。


撮影したのは6月上旬でした。
川岸のもみじの緑と白い石灰岩とが、みごとに調和しています。


石灰岩から湧き出した水が、石灰岩の谷間を流れるために、川の水は少し緑がかった美しい色をしています。
写真の中央右に遊歩道が見えます。

勢いよく川の水が流れ落ちていきます。
このような景色が続きます。

もみじと石灰岩と川の流れが調和しています。




みたらい渓谷の下流側入口の少し南で、このようなきれいな川の水を見つけました。


さらに上流に進んで行くと、「行者還(ぎょうじゃがえり)トンネル」に出ます。
このトンネルを越えた向こう側は、吉野郡上北山村になります。
行者還岳(ぎょうじゃがえりだけ)は標高1546mで、世界遺産の大峰奥駆道(おくがけ道)の通過点です。
大峰奥駆道を切り開いた役行者(えんのぎょうじゃ)も、山頂の南側の切り立った崖を見て、一度は引き返したという言い伝えがあります。
天河大辨財天社



拝殿です。
本殿はこの階段の、さらに上の階段の上にあります。
そして、この本殿のあるところを「琵琶山」と言います。
詳しくは、写真をクリックして「天河大辨財天社」のページをご覧ください。

拝殿の鈴は「五十鈴(いすず)」と言い、非常に変わった形をしています。
昔、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天岩屋戸(あまのいわやど)という洞窟に隠れてしまわれ、世界が真っ暗になったことがありました。
そのとき、天宇受売命(あめのうずめのみこと)という女性の神さまが、天岩屋戸の前でおどりを踊りました。この時、「神代鈴(かみよすず)」という特別な鈴を付けた矛(ほこ)を使って舞ったと言われています。
天宇受売命の楽しいおどりのおかげで、他の神さまたちが笑い声をあげたところ、天照大御神が「外では、何が起きているんだろう?」と不思議に思って洞窟の石の扉を少し開けました。同時に、扉の横に隠れていた力持ちの神さまが、その扉を勢いよく開け、二度と閉まらないようにしました。その結果、また世界に光が戻り、明るくなったという有名なお話があります。
この時、天宇受売命がおどりに使った矛に付けられていた神代鈴と同様のものが、この「五十鈴(いすず)」であると伝えられています。
詳しくは、写真をクリックして「天河大辨財天社」のページをご覧ください。


神楽殿
拝殿の前の舞台です。
天河大弁財天社は、芸能の神さまでもありますので、多くの芸能に関係する人々が参拝に訪れています。
詳しくは、写真をクリックして「天河大辨財天社」のページをご覧ください。



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