【2月11日(水・祝)】橿原神宮 紀元祭|日本建国を祝う祭典|奈良2026

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日本のはじまりの地の橿原神宮で、毎年2月11日の建国記念の日に行われる最重要祭典「紀元祭」。神武天皇の御即位をしのび、国家安泰と世界平和を祈る、厳かで格式高い神事です。

開催概要



紀元祭とは

『日本書紀』には、紀元前660年2月11日に、御祭神・神武天皇が橿原宮で第一代天皇として即位されたと記されています。この故事に基づき、2月11日は「建国記念の日」と定められました。

紀元祭では、神武天皇の御聖徳を仰ぎ、国家の隆昌と国民の安寧、さらに世界平和を祈願します。

当日は、天皇陛下の御名代である勅使が参向し、御幣物が供えられる、厳粛で格式高い神事が執り行われます。全国から数千人もの参列者が訪れ、年々盛大に行われています。


神武東征と橿原神宮の建国宣言 ― 日本建国の物語 ―

神武天皇は、日本の初代天皇として伝えられるお方です。
「国の中心となる地に都を定め、天下を治める」という大いなる志を胸に、日向国の高千穂(現在の宮崎県)を出発され、東へと進まれました。この遠征は、「神武東征(じんむとうせい)」と呼ばれています。

神武天皇の一行は、瀬戸内海を東へ進み、河内国(現在の大阪府東部)の生駒山のふもとに到達しました。ここで、大和の地を治めていた豪族、長髄彦(ながすねひこ)と初めて戦います。しかし、この戦いでは激しい抵抗を受け、神武天皇側は不利となり、やむなく退いて、太陽を背にして戦おうと決め、熊野を目指すこととなりました。

一行は海路を南へ進み、紀伊半島南部の熊野(現在の和歌山県南部)に上陸します。しかし、熊野の地は深い山々に囲まれ、進む道も分からず、再び大きな困難に直面しました。

そのとき、高天原(たかまがはら)から遣わされたとされる八咫烏(やたがらす)が現れ、神武天皇一行を大和へと導いたと伝えられています。
三本足の霊鳥である八咫烏(やたがらす)は、神意を伝え、正しい道へ導く象徴とされ、その案内によって、一行は険しい吉野の山道を越え、大和の地へ入ることができました。

大和へ入った神武天皇は、長髄彦(ながすねひこ)と再び戦い、激しい戦いが繰り広げられました。その最中、突然、金色に輝くトビ(金鵄・きんし)が現れ、神武天皇の弓の先にとまったと伝えられています。そのまばゆい光に、長髄彦の軍勢は目をくらまされ、戦意を失い、ついに敗れ去りました。

こうして大和の地は平定され、神武天皇は畝傍山(うねびやま)の東南の地に「橿原宮(かしはらのみや)」を築き、第一代天皇として即位されました。

このとき掲げられた理想が、「八紘一宇(はっこういちう)」、すなわち「天下を一つの家のようにし、すべての人々が共に平和に生きる国をつくる」という建国の精神です。
この即位の日は、『日本書紀』に
紀元前660年2月11日と記され、現在の「建国記念の日」の由来となっています。

現在の橿原神宮は、この橿原宮の跡地に、明治23年(1890年)に創建されました。
日本の原点ともいえるこの地では、毎年2月11日に例祭「紀元祭」が行われ、神武天皇の御聖徳を仰ぎ、国の平和と人々の幸せが祈られています。


橿原神宮は、日本のはじまりの場所として知られ、紀元祭の日には、長い歴史と伝統を身近に感じることができます。

日本のはじまりの地・橿原神宮で、特別なお祭りを体験してみてはいかがでしょうか。


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